| アフガニスタンに義肢装具を製作できる学校の設立を計画。 |
瀧谷昇氏は、1974年から1年間JICA(国際協力事業団)の義肢装具製作指導教官として、アフガニスタンに滞在し、戦争によって多くの人々が足を失っている事実を知り、以来義肢装具士として一人ひとりに合った義足を送る活動を続けている。
瀧谷氏は、アフガニスタンで日本では得ることのできない「人間としての心の豊かさ」や「与えるのではなく与えられたことの大きさ」など、目では量り知ることのできないものを得たという。 「アフガニスタンは第2の故郷であり、目の当たりにした現状を憂いて、少しでも恩返しがしたいと考えるに至り、活動を開始した。
しかし、活動を始めるにあたり、具体的ににどうすれば良いのか解らず、試行錯誤の連綿の中、報道特集で放送されたことによって、アフガニスタンのことを知りたいという個々のの人々、団体、小・中・高等学校、教育委員会等から講演会の依頼があり、アフガニスタンについて話す機会を得て、それが啓蒙活動となっている。
そして、この呼び掛けに、賛同し資金援助をしてくださる方々や、義肢装具製作を学ぶ若者を中心とした、約45名の参加協力を得て2002年3月「アフガニスタン義肢装具支援の会」を発足した。
日本で不要となった義足をリサイクルし、現地で義足を必要としている人へ届けるという活動をしている。現地では、人ひとりの型取りをし、リサイクル部品を利川して、きちんとした義足を届けている。また将来、アフガニスタンの人々が自らの力で義足を製作できる学校をつくることを計画している。 |
| わたしも・・・表彰式に参加しました |
○ホテルオークラにてヘルシーソサエティの授賞式がありました。
昨年県議会厚生委員会副委員長のときに協会から奈良県で福祉や医療に貢献されている人や団体の推薦状が届き深く考えずに、アフガニスタンに義肢装具を支援する会、代表滝谷昇氏を推薦しました。
忘れていたころに国際ボランティア部門の最優秀に選ばれたというのでびっくりしました。
これはジョンソンアンドジョンソン社が日本赤十字社に活動資金を支援する一環で毎年5人を表彰してこられたようです。今年は第3回の授賞式でした。
日本看護協会、日本医師会、日本病院協会らが後援,,麻生外務大臣が挨拶の中で滝谷さんを紹介されたのはびっくりしました。今話題の伊吹文部科学大臣、柳沢厚生労働大臣らが挨拶。安倍総理夫人も。アメリカの福大統領が来日中ですが、婦人を同伴されなかったとのことで、参加されていました。
ジョンソン社は日本だけでも4000人の従業員がいるようです。まず社会に役立つ企業であること、従業員を大切にすること、お客様のニーズに合うようにすること、株主は最後です、バンドエイドなどしかあまり知りませんでしたが医療機器などを主に手がけています。
義肢装具の会はさまざまな人の支援を受けていて横浜で地雷をなくす活動をされている方とも知り合いになりました。 南野元法務大臣が滝谷さんのプレゼンテータ。 奈良県会議員の今井光子さんの推薦によりと紹介してくれました。
滝谷さんの活動がすばらしいのは若いころお世話になったアフガニスタンでいろいろなことを教えてもらったから、今度は出来ることをしたいと楽しんで支援を続けていることです。
夢はアフガニスタンに義肢装具の学校を作ること。まだ戦争の火が消えていないアフガニスタンに支援を続けるご主人をささえて留守宅を守ってこられた婦人のおおらかさもとても魅力的でした。
5人の受賞者はみなすばらしく、子どもの法医学にたづさわって突然死か、虐待かなどを研究して折られる女医さん、コンチネンタルケアといって排泄専門に研究実践されている看護師さん、推薦人が川島みどりさんだったのも懐かしかったです。
川島さんは私が卒論を書くときに難病患者とともにという本を出版されていて感銘を受けて何度も読み返した著者でとても尊敬している人です、
ボランティア部門はかなりの応募があり國際部門と、国内部門に分けたそうですが、日野原重明先生も選考委員だったと聞きました。
今まで応援してきた会が全国的にも認められたことをとてもうれしく思います。
六本木男声合唱団のコーラス,羽田元総理大臣などが加わっていました。
いろんな方にお会いできたことがとても楽しかったです。 |